大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成元年(オ)1532号 判決 1990年7月19日

静岡県焼津市小浜一三九七番地

上告人

株式会社海洋牧場

右代表者代表取締役

槻木政則

右訴訟代理人弁護士

古川祐士

静岡市昭和町九番地の五

被上告人

日本エムジー薬業株式会社

右代表者代表取締役

米川博

右訴訟代理人弁護士

白井孝一

右当事者間の東京高等裁判所昭和六四年(ネ)第四〇号商品販売等禁止請求事二件について、同裁判所が平成元年七月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人古川祐士の上告理由第一点について

不正競争行為の差止は、法の定めるところに従って認められるのであるから、商標法等による権利の行使と認められる行為については不正競争防止法一条一項に基づく差止を求めることはできない旨規定する同法六条が、上告人の有する何らかの既得の差止請求権を侵害するものということはできない。したがって、同条が上告人の財産権を侵害するものであることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平)

(平成元年(オ)第一五三二号 上告人 株式会社海洋牧場)

上告代理人古川祐士の上告理由

第一点 原判決には、憲法の解釈の誤があり、又は憲法の違背がある。

一 原判決は、その結論において、上告人が「マリンゴールド」の商標を付した「深海鮫エキスマリンゴールド」の商品を製造販売する権利を認めている。この権利が、憲法によっても保障されるべき「財産権」(憲法第二九条第一項)であることは、論議の余地のないところである。「財産権は、これを侵してはならない。」(憲法第二九条第一項)のであって、この権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする(憲法第一三条)のである。また、何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない(憲法第三二条)のであるから、右の財産権に関する裁判においても、憲法の保障に基づく裁判を受ける権利が保障されなければならない。本件については、静岡地方裁判所昭和五九年(ワ)第一五四号商品販売等禁止請求事件の第一審判決、その控訴審判決を経たものである。この間、一〇年を経過しているが、その判決理由とするところは、上告人の裁判を受ける権利を無視し、その財産権を侵害しているものという他ない。

二 原判決が認定しているとおり、上告人は、昭和五〇年一月頃から、上告人製造の深海鮫エキスを「マリンゴールド」として、独自の販売を行い、多額の費用をかけてパンフレットの作成、雑誌等への記事・広告の掲載を行った(もっとも、「マリンゴールド」の名称を使用したのは、昭和四九年六月二〇日である-甲第一号証)。以来、上告人は仮処分を申請した昭和五四年五月はもちろん、原審終結及びその後現在に至るまで、上告人製造の深海鮫エキスにつき「マリンゴールド」の商標を付して販売しているのである。この間、「マリンゴールド」の表示は、上告人を指称するものとして周知性を確立し、本件商標の旧出願者である国際健康薬品も、新出願者である紀文も「マリンゴールド」の商標を全く使用していないのである。このようにして、上告人の深海鮫エキス「マリンゴールド」は、上告人の財産権として確立しているのであって、これを侵害することは許されないのである。

三 不正競争防止法第六条は、商標法により権利の行使と認められる行為には、同法第一条第一項第一号、第二号を適用しない旨規定してる。原判決は、結論において、この規定を適用したものである。本件の「マリンゴールド」なる商標については、右のとおり、上告人において確固たる使用をしており、被上告人においては、単にその使用を新出願者たる紀文から承認されているにすぎない。不正競争防止法の右第六条については、元来、その立法趣旨が形式的にも疑問であるとされている。また、本件の如き、被上告人の商標使用取得の経緯、使用の実態について多大な問題が存する場合、右条項の当否については、充分なる検討が必要である。

四 不正競争防止法第六条は、その適用の要件として商標法により権利の行使と認められる行為と規定している。その立法理由は、不正競争防止法の建前からすれば正当な権利といえないものであっても、特許庁が一応正当な権利と認めて与えたものであるから、それらの権利の行使を直ちに本法によって取り締まるのは穏当を欠くと考えられたためであるとそれている。しかし、特許庁における審査・登録手続の結果が不正競争行為の不存在を保証するものでないことはいうまでもなく、また不正競争防止法の適用工業所有権各法に劣後しなければならない理由もない。むしろ、その適用を認めると結果が不当であるような状况のもとに、不正競争行為者による抗弁の根拠として援用されている。本件においても、被上告人の行為が不正競争防止法第一条第一項に該当することを認めているのであり、そうであるのに、単に商標権使用権の取得という形式的理由で上告人の申請を排斥する、という不当な結果を招いているのである。このような結果となるのは、憲法上保障されるべき財産権を、他の一方で否定するような法の構造となっていることによる。すなわち、このような法規定そのものが、財産権を保障した憲法第二九条に違反しているという他ない。

五 以上のようにして、不正競争防止法第六条は、憲法第二九条、第一三条に違反するものであり、原判決は、この違憲の法律を適用したことにおいて、憲法の解釈を誤り、その他憲法に違背したものである。

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一 原判決は、不正競争防止法第六条を適用して、被上告人の抗弁を認め、上告人の請求を棄却したものである。同条については、第一点において指摘したとおり、憲法違反というべきであるが、そのように断定できないとしても、本件にこれを適用したのは誤りである。

二 原判決は「「マリンゴールド」の表示が原告を指称するものとして周知性を確立したのは、昭和五〇年以降のことであるから、右連合商標に基づく本件商標の使用については、不正競争防止法六条の規定により同法一条一項の規定の適用が除外されるところ、被告及び米川博は、前記のとおり、昭和五三年一二月一日より一貫して紀文から本件商標の使用権または独占的使用権を与えられているのであるから、被告による「マリンゴールド」の表示の使用は、商標法による適法な権利行使であると解するのが相当てある。」と判示している。しかし、右理由は趣旨不明である。仮に、「マリンゴールド」の表示が原告を指称するものとして周知性を確立したのが、昭和四九年であるとしたら、本件商標の使用は不正競争防止法六条を適用できない、とする趣旨にも見受けられる。しかし、同条には、そのように限定するべきであるとの文言は全く存在しない。周知性が問題になるのは、不正競争防止法第一条第一項の適用の有無である。したがって、原判決の如く、原告の「マリンゴールド」周知性の時期によって、不正競争防止法第六条の適用の有無を判断し、これを適用した点において、誤りがある。

三 また、原判決は、米川博及び被控訴人が控訴人の乗っ取りを企図して本件商標の使用権を取得したことを認めるに足りる証拠はなく、米川博が控訴人に秘して紀文との間で契約を締結したからといって、米川博が原告製造と同種の商品を控訴人以外の第三者から買い取ったことにも販売したことにもならないし、契約締結の事情によれば米川博に控訴人との信頼関係を破壊した責任があるということはできない、と判示している。しかし、「マリンゴールド」が原告を指称するものとして周知性を確立していたことは、米川博も当然知っていることであり、且つ上告人と被上告人の販売契約が継続している事情のもとで、上告人に秘して「マリンゴールド」の商標権取得を画策することは、米川博が供述するように、上告人と被上告人との取引につき、将来何かがあったときの備えとした、というのであれば、上告人と被上告人との間の契約締結の際に、既に被上告人もしくは米川博は、上告人の信頼を裏切っていたということになる。このような判断は、通常人をもってすれば当然のことであって、原判決の如き判断は、通常人の到底理解し難いところである。また、上告人の主張は、原判決引用のとおり、米川博は上告人製品と同種の商品を上告人以外の第三者から買い取り、販売しないことを約定したから、深海鮫エキスの商品そのものを控訴人以外から仕入れない契約上の義務を負っているばかりでなく、「両者間の契約関係等からみて、米川博及び同人が代表取締役を務める被控訴人は、控訴人が多年にわたって築きあげた「マリンゴールド」の商標使用について有する利益を承認し、これをみだりに侵害しない信義則上の義務を負っている。」というものである。しかるに、原判決は、前段の第三者からの商品買い取りの点については、一応明確な判断を示しているものの、後段の主張については、充分な判断をしていない。しかも、上告人立証は、米川博又は被上告人が、そもそも原判決認定のような事実経過の下で、本件商標の使用権取得を画策したことにおいて、既に信義則違反がある、とするものであるが、原判決は、この点につき「前記(二)認定のとおりである。しかしなから米川博及び被控訴人が控訴人の乗っ取りを企図して本件商標の使用権を取得したことを認めるに足りる証拠はない」とするのみである。上告人は、「米川博及び被控訴人が控訴人の乗っ取りを企図して本件商標の使用権を取得した」などと主張していないのである。上告人主張は、被上告人が上告人に秘して本件商標の使用権を取得したこと、及びこれを利用して乗っ取りを企図したことを問題にしているのである。原判決は上告人主張の趣旨を歪曲して判断を加えているのである。このような不充分な判断の下に、上告人の再抗弁を排斥したのは、権利濫用の法理の適用を誤った違法がある。

四 不正競争防止法は、確立された利益状態を保護している。確立された利益状態は、本来無視を許されないものであって、特別な理由がない限り、形式的権利と抵触するという理由で踏みにじられてよいものではない。国際健康薬品の「マリンゴールド」商標出願は、原判決認定によっても昭和四九年一二月であり、「マリンゴールド」が上告人を指称することにつき周知性を確立したとする昭和五〇年とは、僅かな期間の違いしかない。しかも、国際健康薬品によっても、新出願者となった紀文においても、「マリンゴールド」の商標を使用したことは全くない。しかるに、上告人の「マリンゴールド」は、仮処分申請時に既に四年以上、現在まで一〇有余年を経過して、確固とした利益状態を有しているのである。しかも、被上告人の本件商標使用を認めた場合、当然に上告人商品と誤認混同を生ずるのは明白なのである。市場は混乱し、消費者に対して多大な損害を与えることになるのも否定できない。このような事態が、明白且つ現在のものとして予測されるのに、被上告人の利益のためにのみ、不正競争防止法第六条の適用を認める合理的根拠は全くないのである。商標法も不正競争防止法もその立法趣旨は共通するものを有するのであって、その両者の立法趣旨を逸脱するような解釈は許されないものというべきである。原判決は、形式的な商標使用権の存在旨を奪われ、不正競争防止法第六条の解釈適用を誤った法令の違背がある。

五 また、前項のとおり、原判決は、上告人主張の趣旨を歪曲して判断を加えている。右の主張は、権利濫用の有無を判断するにつき、極めて重要なものである。したがって、この主張を歪曲して、判断を加えたのは、弁論主義に違反しており、この点において、訴訟手続の法令違背がある。

六 原判決は、被上告人が本件商標に関し、いかなる行為をしたかの事実認定について、経験別に違背している。事実認定は、自由心証主義によるものであるが、それが、経験則に適合していなければならないことは当然である。甲第五八号証には「確かではありませんが」との留保付ではあるが、「二月二十日前後東京販社じ米川さんの言葉より「紀文」の持っている商標権「マリンゴールド」?「マリン」を向こう五年間有料で米川氏へ使用させる許可をもらった、とききました、これによって海洋牧場側はやむなく「マリンゴールド」名の使用禁止命令が出て使えなくなるからと言うことでした、これにより海洋牧場は倒産する事は目に見えておりその後米川氏が海洋牧場の実質的な効力をもつということでした。米川氏は海洋牧場を東京に設立し、「マリンゴールド」という商品名をつけた深海鮫エキスを作るとの事でした。」と記載されている。右内容は、具体的であり、充分信用できるものであることは一目瞭然である。これは第三者の供述であり、経験則上信用性があると解すべきである。しかるに、原判決は、この文言に反し「そのことから直ちに被控訴人がその頃控訴人の本件商標使用の差止を企図していたとはいえない」と判示している。この判示には、二つの誤りがある。一つは、上告人が、いわゆる乗っ取りにつき、被上告人が「直ちに」行うなどと主張していないことである。二つは、その頃差止を企図していたといえない、というのは、甲第五八号証に明らかに反する事実認定であるということである。右に明らかなどおり、甲第五八号証以下によれば、誰が見ても、経験則上、上告人主張を裏づけることにならざるをえないのである。原判決はこの点に限らず、随所に経験則違背の事実認定をしている。

このようにして、原判決には、事実認定に関し、経験則違背の違法がある。

七 以上の各法令違背が、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

以上

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